暮らしの点と線

@suzuki_buffalo 結びます

二流の人

 良質な新卒求人は春先から夏にかけて多く見受けられるが、秋を過ぎる頃にはぐっと数を減らし、やがて冬になり、翌年度の採用求人が掲載される頃になっても売れ残り続ける求人の質はひどいもので、しかし追い詰められた就活生は得てして頭が狂っているので、暖かい家庭や豊かな老後の幻想をかなぐり捨て、中小零細企業の正社員という考えうる限り最悪の道へと歩を進めてしまう。夢破れ、半ば人生を諦めながらも、正規雇用という最低限のラインには踏みとどまっておきたい――そのような生真面目な人間の判断力が鈍った時こそが中小零細企業の採用タイミングであり、弊社の採用活動が年明け1月から2月にかけて行われるのにもそうした理由がある。そして4月、入社式の段になって、壇上に一列に並べられた新卒社員たちの、フレッシュと形容するには力ない卑屈をたたえた笑顔がぼくの哀愁を誘うのだ。

 2013年のぼくは身から出た錆が豪雨のごとく降り注ぎなにやらおかしなことになっていた。人生が錐揉み回転して頭から沼地に突っ込み機体の残骸は燃えていた。大学卒業を間近に控えた1月にようやく職探しをはじめたのだが、上記のとおり冬も現役の新卒求人はどうしようもない屑ばかりで、国内外を飛び回りながら能だか歌舞伎だかのセットを設営し続けて手取り13万円という求人を眺め、こういう形で人生ごと旅行に出掛けるのもひとつの手なのではと本気で考えていた。結果的に、ぼくは歌舞伎より2万円ほど手取りの高い求人に滑り込んだ。殆どワンルームに近いオフィスはとても手狭で、社員の数は片手で足りるほどだった。くすんだ新卒切符は、裁断機に似た不穏な閉塞感にゆっくり飲み込まれていった。

 そこからの半年は早かった。4年生大学に入学し、6年間の高等学部教育を修了した24歳。遅れてきた新卒ルーキーのぼくは、これまでの調子が嘘のように、驚くほど時間を守り、物をなくさず、また発作的な失踪をすることもなく働いた。社会との適合に強烈なアレルギーを持つぼくにとって、これは奇跡の半年だった。いつの間にか、繁忙期に入っていた。労働時間と業績が、右肩上がりで絶えず上昇してゆく。奇跡は、血便を出し点滴を打つに至るほどの多大な疲労と猛烈なストレスとなった。そして、これは殆ど偶然に近いのだが、その様子を呪詛のポエムに変え延々とTwitterに書きつけているうちに、繁忙期が過ぎ、ぼくはなぜか生き残ってしまった。頑丈であったのか、鈍感であったのかは定かではないが、ともかくぼくはくずおれることなく年を越した。単純に、運が良かったのだ。

 今年もまた、弊社の採用シーズンがやってきた。新卒採用市場はかつてない好景気で、敗戦処理イベントの参加状況から察するに、売れ残っている学生も例年の半数以下であろうと予測される。そしてこの先は大半の優秀な学生には関係のない話かもしれないが、もし、卒業を間近に控えた現在もなお未だに就職先の決まっていない学生がいるならば、この時期の求人は等しく希望がないため、半期休学などの手続を行い新卒状態を維持したままで翌年度の求人を狙ったほうがいい。ただ、それがどうしても困難で、なんとしても今年度のうちに就職を行いたい場合は、腹を括って沼地を漁りながら比較的形の良い小石を探し、それを己の満足とするとよい。注意点として、企業側の提示する情報を信じないこと。面接の際に不穏を感じたならば、その嗅覚が正しい。そして、判断基準として、下記の記事を熟読するとよい。空前の就職好景気の中、最悪の中から比較的ましな最悪を選ぶ東京都知事選にも似た就職活動に挑む若者たちが救済されることを願ってやまない。

 

syakkin-dama.hatenablog.com