暮らしの点と線

@suzuki_buffalo 結びます

 

 東京電力に四五〇〇円、水道局に二二〇〇円、そして東京ガスに隔月で一七〇〇円ほど。二六歳の一人暮らしには、毎月おおよそ八〇〇〇円ほどの光熱費が掛かっている。以前、これら全ての支払いを滞らせたまま二ヶ月を経過させたことがある。きっかり二ヶ月と一日目に、電気が止まった。幸いにも水は流れており、ガスの力で温水にすることもできたのだが、電気のない生活は驚くほど質素で、ぽつりと孤独だった。夕暮れ時、徐々に薄暗くなる室内で、おそらく癖になっていたのだろう、ぼくはパソコンのスイッチを押した。おかしいなと思い二度押して、電力供給が断たれていたことに気付く。部屋がやけに静かなのは、浴室の換気扇や冷蔵庫のファンが止まっているためだった。携帯電話は深刻なバッテリー不足で、夜まで持つか分らない。電気を失い、水道やガスの停止も時間の問題という状況で、ぼくは「どこかから八〇〇〇円が湧いてきてくれれば」と願った。

 

 どこからか八〇〇〇円を入手するに最適なWEBツールをnoteといい、北条かやは八〇〇〇円を搾り取る天才だった。北条かやの才能のすべては、女に生まれたという事実その一点に集約される。騎士たちの庇護欲は、正真正銘女の匂い香でなければ掻き立てることはできない。彼等は盲目のようでいて、偽物の女にはとびきり敏感なのだ。ぼくがコスプレで女をやってみても、八〇〇〇円は献上されないだろう。かくして、匂いたつほど女を散りばめた北条かやが提示したのは、自身を姫君とした絶対王政だった。国民すべてが騎士だった。騎士道とは厳しきものである。か弱い君主を守護しながらも、租税を納めねばならぬのだから。noteの販売価格は記事ごと四〇〇円に始まり、読み放題五〇〇〇円、二〇〇〇円、三〇〇〇円、四〇〇〇円、八〇〇〇円など変動を繰り返し、そのたび騎士たちは信仰の剣を研ぎ澄ませねばならなかった。集金装置は、君主の夭折を以てのみ閲覧停止になるとされた。

 

 ぼくの未払いの光熱費は、その日のうちに交友関係より湧き出てきた。音楽関係の親しい先輩のご厚意により、ぼくの定期圏内で落ち合い、電気代とガス代と、それから一杯のラーメンと帰りの交通費を頂いた。それがちょうど八〇〇〇円だった。給与支給日を二日後に控えた惨めな救済だった。ぼくは騎士ではないが、この時ばかりは騎士道の如く義に忠実であれと己の肝に銘じた。縁の切れ目を己で拵えてはならぬと繰り返し唱えた。数日後、誠実と評すのは非常に痴がましいが、ぼくは手渡しで以て大恩を完済した。

 

 北条かやは八〇〇〇円を搾り取る天才だが、いささか誠実さに欠けるきらいがあり、その不義は騎士の盲目の眼にも余るものであるようだった。憂いを湛えた君主の盟約は次々と覆され、それに疑問を抱いた気高き騎士はたちまち騎士団より除名となった。女に――北条かやの言葉を借りれば「ヘテロ女」に生まれたというたった一つの才能によって結成された親衛隊を、彼女は自ら手放してしまった。世が世なら叛逆に遭い断頭台を持ち出されても不思議ではない所だが、騎士たちのなかには未だ剣を握り続ける者もいる。見上げた忠義だが、それに反して彼女には義を通す気はさらさら無いようだ。それこそ、逆立ちしたって光熱費さえ出ないこの屑の若者よりも。