読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

暮らしの点と線

@suzuki_buffalo 結びます

舌禍

 二月の後半から三月にかけて、上長曰く「ここ数年で類を見ない繁忙期」が直撃し、ぼくは物理的にまったく身動きが取れなくなってしまっていた。週に六日半を仕事に費やしても、残った半日があればそこに私用を突っ込むのがぼくのやり方で、事実これまではその半日に会食や音楽活動を充ててきたのだが、七日七晩を会社で過ごした経験はこのときが初めてで、ぼくはようやく「本当に一切の暇のない状態」というものを知ることができた。今回は実にひと月ぶりの記事となるのだが、(通勤というものを行っていたころの)通勤時間や(食事というものを摂っていたころの)食事時間などで、日記の切れ端のようなものをしたためており、今回は時系列を追ってそれを公開していくものとする。

 

 

 

 

<二月二四日>
打刻したタイムカードを確認すると、昨日付で、二月分の残業累計が一〇〇時間を突破していた。弊社総務部は労務管理に対して非常に厳しく、残業量が月に四〇時間を超えている社員のある部署に対して、一方的な是正勧告を行う。ぼくの所属する部署についても同様の勧告が行われており、部の方針として「四〇時間を超える残業については打刻を行わない」との決定があったのがつい先日だ。建前上は努力目標として掲げられた踏み絵を、部署の全員が自主的な判断に基づいて踏んだ。最終的に出来上がる理想的な勤怠表には、白い闇が渦巻いているのだった。

 

 

 

 

<三月八日>
モニターに文字とも数字とも知れない列がぼんやり並んでいる。体感で数十秒ほど、視界がぼんやりし続けている。どうやら意識的に「数字を見よう」と思わない限り、自律神経は働かないようだ。何かを捉えようとしなければ焦点はしばらく霞んだままでいられるというのは発見だった。 途端、背後から名を呼ばれる。同時に電話も鳴り始める。一寸考えて、こちらに手を振る上長に一礼し、わざとらしく急いてみせ、携帯電話を手に取る。職場の内で呼出音が重複しないようにと、其々がばらばらの音色を設定する取決めがあり、比較的落ち着いたコール音から埋まっていった結果、下端のぼくは気ちがいじみて快活なコールテーマを割当てられていた。季節や天候と全く無縁に底抜けに明るい電子音は、どんな時であってもぼくの感情を面白いほどすみやかに奪った。 馬鹿に明るい音を止め、誰かも忘れたどこかの人間に、ぼくは努めて明るく受け応えをする。目の前の数列の催促の電話だった。卑屈じみた作り笑顔みたいな声を使えば、何かが許されると思っている節がある。見えない相手にへこへこと頭を下げる。誰に対してもそうする。染み付いたのだ。

 

 

 

 

<三月一四日>
怒りには得てして矛先があり、今日についてはぼくにその槍玉があった。やけに薄っぺらな紙束に点在する穴を、彼の矛は幾度も的確に打ち抜いた。その矛使いはかなりの手練で、激昂の裾に理性を絡ませているらしく、何か際限なく強烈に捲し立てているように見えて、撒き散らす言葉のすべてに一本の筋が通してあった。矛はとにかく何でも突いた。契約を突き対応を突き、ぼく自身をも深々と突いた。胸部に空いた大穴から黒く濃いものがどっぷりと漏れ出し、そのあまりの質量に、ぼくは上手にかたちを保てなくなる。口を結んで奥歯を噛む。がりっと何か欠けたような感触があった。

 

 

 

 

<三月二一日>
クリームソーダの泡で頭がいっぱいになったような錯覚で、しばらくはあまり上手くものごとを考えられなかった。実際、ひと月に一度は、脳に詰まった細やかな白泡が優しくぱちぱちとはじける瞬間があり、その時は確かに静かな爽快感があった。心なしか、頭の中が冷えるのだ。比喩ではなくひやりと冷たくなるため、ぼくははじけるその泡をクリームソーダと断定した。シュワシュワ(手記はここで途切れている)

 

 

 

 

 

 

<三月三〇日>

イアアアアアアアアアアアアアアアア数ヶ月ぶりの定時退社フッフゥゥ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウ?!?!?!?!??!?!神様仏様労働基準法様〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ご尊顔〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ンンンご尊顔〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜尊顔尊顔尊顔ンンンンンンンンンンンンンンウ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?!?!??!?!?!?!?!?!?!?!??!?!?!?!?