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暮らしの点と線

@suzuki_buffalo 結びます

波うつ心地

 腸が弱いのか、あるいは活発であるのか、常に下腹部に不帯感がある。昨夜のごちそうが這い回り、うねうねと動いている。そいつが時折、ぼくの下腹部の下の下を、とんとんと叩く瞬間がある。それはたいてい通勤電車の中で起こり、職場の最寄り駅を出てから社屋まで持ち堪えれば良いのだが、どうにもそれが困難な時がある。どちらかと言えばぼくは三〇歳に近い。決壊の許される年齢ではない。職場は貸ビルの一層にあり、各階に個室便所はあるが、朝の時間帯は、体感的にコンビニの方が空いている。信号待ちの群れから誰よりも早く飛び出す。不恰好な速足は、競歩に大変よく似ている。

 

 用を済ませ、不意に、麦茶を飲もうと思った。麦茶が常備の家庭で二〇年近く過ごした為か味に飽いてしまい、ここ数年は烏龍茶を愛飲していたのだが、この日は何となしに麦茶を飲みたくなった。どうせなら、と昔と同じものを探す。涼し気な絵様と噺家の顔はそのままだったのですぐに見つかったが、商品名が『健康ミネラル麦茶』に変わっていた。その場で調べたところ、『天然ミネラル麦茶』という旧商号は、景品表示法に抵触したため変更になったようだ。何でも「海洋深層水由来のミネラルが入っていると誤認させる」という理由から改善指示を受け、現在に至るそうだ。個人的には、麦茶に海洋深層水を使用するという発想にあまり理解が及ばないのだが、どうも海洋深層水由来のミネラルの有無を殊更に気に掛ける人間がいるようで、ぼくの解さない価値観であるなあと思いながら商品を手に取った。

 

 会計待ちの行列は今がピークのようで、朝食とするホットスナックを十分に吟味することができた。からあげ棒、牛肉コロッケ、あらびきポークフランク――そう言えば、以前『腸詰フランクフルト』という商品が売られていたような気がする。あの商品は最悪だ。"腸詰"フランクフルトとわざわざ表記する感性は、ぼくには少しも理解できないのだ。勿論、それが腸であることは皆知っている。知ったうえで、皆都合よく忘れているのだ。ぼくは件の肉詰めを「りっぱな排泄器官である腸を食べているなァ」とひしひし感じながら咀嚼したい訳ではない。知らなくて良いことは沢山ある。なるべく腸に詰めない食物をと選んだ結果、モーニングセットは揚げ鶏となった。ぱりぱりと揚がった衣を一口齧ると、やけに舌触り滑らかなぶよぶよの脂が広範囲を陣取っていることに気付いた。何かで成型したような不思議な固形脂が、肉の輪郭を造っていたのだった。ぼくはこの件について一切を知るのをやめた。

 

 本日の下腹部の不調はどうやら慢性的なもののようで、職場でも小一時間ごとに離席する羽目になった。比較的新築のオフィスビルだったので、お手洗いも比較的新しく、快適だった。便座は職場の誰よりもあたたかく、温水洗浄はやはり職場の誰よりも優しかった。何度目かの用を済ませて起立すると、センサーが反応し、自動水洗機能が作動した。駅や公園の自動水洗機能は、誤認なのか何なのか、こちらが最中であっても勝手に流れていく事が多いのだが、新築のオフィスビルは水洗のタイミングを外したことがない。こちらが特別指示を出さずとも、残務を引き受けさっと片付ける、よくできた後輩のような設備だった。職場近くのコンビニエンスストアは、自分でエイと水洗ボタンを押さねば流れないというのに――


 ふと、ぼつりとした疑問が生まれた。今日ぼくは、それを押しただろうか。何やら妙にいやな気持ちになって、記憶をさかさに並べていく。揚げ鶏と麦茶と通勤電車が速足で頭を通り過ぎていったが、肝心な記憶はどこにもなかった。不安はそのまま不帯感となり、胸の中でうねうねと動いた。ぼくはそのボタンを、きちんと押しただろうか――もし、そうでなかったとしたら?「自分の尻を自分で拭く」という言葉が、直喩的に伸し掛かってくる日が本日ならば?――特に解答の出ないまま、泡立ちの悪い石鹸で猛烈に手を洗った。鏡面の前でごくりと唾を飲み込む。この唾を、明日のぼくは綺麗に処理しているだろうか。