暮らしの点と線

@suzuki_buffalo 結びます

他人の顔

 

 残業を切り上げ帰路につき、Twitterを確認すると、大小の通知に混じって何やら大きな反響のある言及があった。どうやらぼくが使用していたプロフィール画像について、画像の著作者より直接の使用取止め要請を頂いていたようだ。リプライはご丁寧にも衆目に触れる形へ加工されており、契約履行について多数証人の存在を以て成し遂げんとする強い意志の具現に思えた。先方に正当性があり、また無下とする理由も無かった為、取り急ぎの連絡を入れた後そのとおりにした。四年ほど被せていた面はあっさりと外れ、あとには何も残らなかった。
 
 火の無い在処に煙は立たないが、煙を見て火を起こす人間は大勢居たようで、ぼくの失策は狼煙を繋ぐように人から人へと伝播し、方々にうわさの煙が上がるのが確認できた。噂と言ってもその殆どが先入見で、ぼくが画像について「許可を得た」と自称していただとか、あまつさえ自作を騙っていたであるとか、空想をどこまでも拡げてものを語るアニメキャラクターの群れが此処ぞとばかりに一家言を撒き散らしていた。尾ひれや翼や鉤爪が取り付けられた噂はもはや幻獣じみた様相で、創作のキマイラに方々を囲まれたぼくはずいぶん難儀だなあとどこか他人事でそれをぼんやり眺めていた。ふと、「エルマーの冒険」のなかで七匹の虎に囲まれたエルマーが、飢えた彼らにチューインガムを与えることでその場を切り抜けたことを思い出した。しかし生憎ぼくはエルマーほど機転の利く人間ではなく、大小の幻獣には他人の失策や愚行が何より甘くておいしいのだ。獣たちにとってはぼく自身がチューインガムで、味がなくなるまで歯牙をするどく突き立て咀嚼するのが彼らのお気に入りだった。
 
 ぽつりぽつりと予感はあったが、繁忙期の中でも殊更に忙しない時期が始まっていたようで、皆が皆その対応に追われていた。この頃になると泊り込みの人間も多く、社内には荒んだ生活の切れ端が散らかっている。数日分の無精髭を蓄えた上長から今後数週間の予定の仔細を伺ううち、自身の首にも幾重の縄が絡まっていたことに気付いた。それは手綱であり枷であり、抱える案件の其々が別々の方向に動くと、ぼくの頭は牛裂きの刑罰のようにねじれ飛ぶ仕組となっていた。「鈴木くんが頼りだから」と上長は言う。真直ぐぼくの目線を捉えていたが、その眼光は弱々しく、声は掠れていた。かちかちという神経質なクリック音と、時折思い出したように叩かれるキーボードの打音が周囲でランダムに跳ね回っており、何か脅迫じみた発狂を誘発しそうだった。「頼むよ」上長は繰り返し念を押した。首の縄をくいと引かれたぼくは、任せてください、と口角を上げる。張り付いたような笑顔だった。