読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

暮らしの点と線

@suzuki_buffalo 結びます

此の家の記録

 台風とともに繁忙期が過ぎていった。低気圧が去ったおかげか、最後の夏は青く青くからりと晴れた。九月を目前に控えた愛知県はまだまだ日中は残暑がきびしく、しかし日が落ちてみるとたしかに秋の気配がする。関東の同期は十月、関西の同期は十一月に退職をする予定らしい。ぼくは冬になるだろうと思う。転職活動は日進月歩と言うよりは一進一退で、ぼくが二の足を踏んでいる間にも、あたらしい繁忙期がすぐそこまで迫っている。

 名古屋はぼくにとって新天地だった。新しい仕事に引っ張られて、生活も様変わりした。地元の個人商店でコーヒー豆を挽いてもらった。名古屋用にとダンベルを買い直した。自分自身が少しづつ、愛知県に根付いていく。経験もないのに中古のベースを買って、音階も知らないのにシンセサイザーを重ねて、新しく音楽を作り始めたりもした。疲労亀裂のようなものを感じながらも、ぼくは燃えかすを集めて火をくべようとしている。新しい環境は、どのような形であれ何らかの切掛をくれるのだ。

 八月最終日、ぼくは唐突に部屋の掃除をはじめた。仮住まいは、転居から三月に満たないながらも水回りを中心になにやら壊滅的な様相で、ヨシと意気込み腹に一本槍を括らねば手を付けられないほど仕上がっていた。蛙の卵に似たゼリー状のカビを食器から引き剥がし、ついでにシンクもざあっとひと撫でしてやる。手洗の床に転がる丸芯をすべて回収し、本体をブラシで擦ってやると、便器はみごとに陶器本来の色を取り戻した。床に転がるペットボトルはひとつも開封することなく中身ごと処理した。手を付けてみれば何ということはなく、小一時間程ですべてが綺麗になった。ほのかに洗剤臭の漂う室内で、ぼくは十月と十一月まであとどれくらいなのか考えていた。

 

悪の教典

 特に告知はしていませんでしたが、秋口まで愛知県で暮らすことになりまして、現在は名古屋駅から鉄道で数十分ほどの郊外に居を構えております。地元の方にはそれぞれ思い入れもあるでしょうから、町の様相について何か批評めいたことはいたしませんが、都心部を離れて静かな地方都市の一角で暮らしていると、自然と心が安らいでいくのを感じます。ぼくの生活圏では、お昼はのどかで、決して多くないはずの飲食店にも順番待ちの列はできません。夜は夜でほとんど人通りがなく、しんと静まりかえった夜がひさしぶりで、少しざわざわします。そのわりには朝の時間帯になると、国道に流れる交差点には右折待ちの列が遠くまでずらりと並んでいるわけですから不思議です。国土は狭くても、おおきな日本です。どこに行っても、人がたくさん暮らしているのだなあ、と実感しています。

 

 そういった暮らしのなかで、単なるすれ違いにとどまらず、なんだかどうして存在を認知してしまったような人物が幾人かおります。

 自宅から徒歩数分のコンビニエンスストアのオーナーは、ぼくが仕事を終えて帰宅する深夜〇時から一時の時間帯はいつもレジに立っており、翌朝さて出勤だと朝食を購入する際もやはりレジに立っているものですから、もうすっかり顔なじみになってしまいました。ある時レジで「いつも遅いですね」などと声をかけられたのですが、その後、とある昼下がりに社用車で何気なく店に立寄ってみると、やはりレジにはオーナーが立っていたものですから、遅くまで働いているのはお互いさまなのだなと妙な連帯感を持ってしまい、最近では、少し遠くてもその店まで歩くようにしています。

 そのコンビニエンスストアからさらに数分歩くと小さなラーメン店があるのですが、そこにもまた顔なじみの店主がおります。よくある暑苦しい系のラーメン屋なのですが、そのような志を店内やメニューに散りばめた時から大分時間が経過しているようで、すっかり牙のぬけた、燃えかすみたいにだらけた店主が良い味を出しており、気付けば足しげく通うようになっておりました。というより、近辺にラーメン店がここ一店舗しか存在しないという事情もあるのですが――とにかくぼくは、夢やら感謝やらを謳うイケイケ系の人間からいつの間にか足を洗い、オーダー時さえ全く声を張らない店主をなぜだか強烈に記憶してしまったのです。ちなみにこのラーメン屋は麺が本当に不味く、スープも特に言及することがない微妙な仕上がりなのですが、チャーシューの味が抜群でチャーハンもべらぼうに美味いためかろうじて流行っているようです。

 

 さて先週の終わりごろだったでしょうか、ぼくがいつもの店でラーメンを食べた帰り道、国道に流れる交差点でなにやら白い光が高速で点滅しているのを見ました。なんだろうと近寄ってみると、車両レーンの信号待ちに小さなバイクが止まっており、おそらくせっせと改造したのでしょう、そのバイクの後輪下部がばかみたいにぴかぴかと光っていたのです。車両の後部には二本のパイプがニョッキと伸びており、そのパイプにもたれかからんばかりの角度で、えらく小柄な若い男がつまらなそうにふんぞり返っておりました。無地のヘルメットを野球帽みたいにさかさにかぶり、サイズの合わないクロックスを履いています。これが彼なりの邪悪の象徴なのでしょう。ぼくは車両もまばらな交差点に立って、その精一杯の邪悪はいったい何に対して向けられているのだろう、と少し考えこんでしまいました。反抗に教科書はありませんが、風習じみた土着文化がそうさせるのかもしれません。彼等には彼等の教えがあり、そういったものを偶然に目にすることも、見慣れない土地で暮らすたしなみでもあるのかな、と考えています。

 

変身


 カンボジア国への出張中に一か八かで購入した充電プラグは何処とも知れぬ第三国の製品で、当時使用していたぼくのスマートフォンは過電圧をもろに受けて文鎮化した。とはいってもデータの紛失についてはアイクラウド等という何やら万能そうな横文字に根拠のない信頼を持っていたため、別段焦ることなく帰国してみたのだが、どうもデータの復活には引継ぎコードが必要らしく、引継ぎコードの発行を怠っていたぼくは数ヶ年に及ぶ年月の一切を失うこととなってしまった。
 勿論ソーシャルゲームの話である。

 

 パズル&ドラゴンズ。当時は曲芸士実装の直前で、所謂「オワドラ」の風潮は無かった。フレンド欄にはホルスやサクヤが多く、平穏だった。今や周知の通り凋落の途にあるこのゲームだが、ぼくにとって初めてのソーシャルゲームであり、ぼんやりと愛着を抱いていた。そのためデータをすべて失った衝撃は計り知れず、ぼくは失意のなかで暮らすことを余儀なくされた。まるで行きずりの女と寝るように、何処の制作とも知らぬ無名のソーシャルゲームを片っ端からインストールした。しかしやはり制作元の不明なゲームというのはどうにも粗雑な造りが目立ち、パネルマジックよろしくの実態とかけはなれた宣伝文句がただただ空しさを助長させるのだった。行きずりの女はやはり行きずりでしかなく、ぼくのスマートフォンを容量で満たしてくれるようなソーシャルゲームには出会うことができなかった。

 

 と思いきや数日もしないうちにモンスターストライクにどハマりした。ぼくは単純なので、だいたいどんなものにでも情が移ってしまう。馬鹿なのだ。モンスターストライクといえば小学生や民度の低い大人たちが絶大に支持する底辺専用集金装置だが、ぼくは頭も育ちも悪かったので「ひっぱりハンティング!」とかいう馬鹿を極めたような宣伝文句に虫みたいに吸い込まれていった。これは比喩ではなく、基本的にソーシャルゲームをうれしげにプレイする人間は虫に等しい習性を持っており、あまり理性的に物事を考えることができない。ぼくも例によって例にもれず本能から光に吸い寄せられ、★5やSSRと呼ばれる輝きのなかに吸い寄せられては電気ショックに生活費ごと焼かれる愚行を繰り返した。

 

 モンスターストライクがYoutuberの漁場となり暫く経った頃、ゲーム内に突如意味の分からないインフレの波が押し寄せ、また確率の著しく低いくじ引きを殆ど無限に継続することを良しとする風潮にも嫌気がさし、ぼくはモンスターストライクから足を洗って、瞬間的に人間に戻ることができた。人間に戻ったぼくがまず真っ先に行ったのは、新しいソーシャルゲームを探すことだった。ソーシャルゲームに心を掴まれるということは、これまで生きてきた健全な生活のレールを外れるということである。ひとたび人生のレールを外れてしまった人間が再びレールの上に戻るには、投身自殺という物理的な方法しかない。ぼくがソーシャルゲームを辞めるには、もう死ぬしかないのだ。

 

 飽和状態の日本のソーシャルゲーム界に突如現れた黒船の名はハースストーンといい、ぼくがそれに人生の大部分を支配されるまでさして時間はかからなかった。インストールした初月から嘘のようにのめり込み、熱が昂りすぎてゲームの生配信を始め、開始からようやく半年が経とうかという今では、いついかなる時でもスマートフォンを手放さず、横持ちでゲーム画面を凝視している。見事に廃人と化してしまった。廃人なので6月よりAbemaTV FRESHというサイトでハースストーンのプレイ動画の配信を始めることにしている。これに作曲の生配信なども混ぜつつ、ぼくは虫ではなく人間なんだよというところを徐々に見せつけていきたい願望があるので、興味があったり時間が合ったりする方は虫人間の喋りを聞きに来なさいよという告知を打って〆とする。